特集Ⅱ 掲載:塾ジャーナル2021年9月号

「学びの個別最適化」へ進む通信制高校

学びリンク株式会社 代表 山口 教雄


“個性派集団”の私立通信制高校

通信制高校は、私立高校7割、公立高校3割と、全日制・定時制に比べ極端に私立高校が多いのが特徴です。しかも、私立通信制高校の9割は2000年度以降に新設されました。新しい学校という側面もあります。

ほとんどの私立通信制高校がそれまでにない学校を標榜して開校しています。つまり個性派集団といった学校種でもあります。

そんな個性派集団ですが、どんな学校が設立されているのか。
まず、今年4月に学習塾を母体に開校したユニークな私立通信制高校・ワオ高校から紹介しましょう。

ワオ高校は、学習塾経営のワオ・コーポレーションが学校法人ワオ未来学園を設立し、岡山県岡山市に開校しました。学ぶ方法にオンライン学習を大胆に取り入れています。オンラインを使いながらも通信制のかなめとなる自学自習と、生徒同士が自らの考えや意見を伝え合う“互学互習”をサポートできる体制を目指しています。

コミュニケーションツールを積極活用し、一般的には「アクティブラーニング」と呼ばれる“互学互習”の実現を図っています。その中の一つとして細分化された学習コンテンツなど、さまざまな仕掛けで学びに没頭できるUMUを活用しています。また、離れていてもオンラインで交流できるように、TeamsというSNS型のコミュニケーションツールも使っています。Teamsはネット上の教室の役割を果たしています。さらに多角的な議論を深めるためにZoomも活用します。

オンライン交流の一方、岡山本校で年2回の集中スクーリングも実施します。集中スクーリングへの参加は、全生徒が必須です。この7月に1期生が初めてとなる3泊4日の集中スクーリングを行いました。普段オンラインで顔を合わせている生徒も、リアルで対面するのは初めてで、お互いに知っているだけに逆に照れくさそうにする場面もあったようです。

スクーリング最終日の総合的な探究の時間では、「ワオ高校でイノベーションを誕生させよう!」というテーマで、ワオ高校をもっと良くするにはどうしたらいいかを4コマ漫画で表現しました。いきなりイノベーションを考えるとは難しそうですが、これまでのオンライン授業で学んだことを応用したテーマとなっています。その結果、小さなものから大きなものまで、たくさんのイノベーションアイデアが出てきました。

ICT活用で日常感覚を失わせない

私立通信制高校は、ワオ高校同様にICTの積極活用を進めてきました。昨年のコロナ禍による一斉休校では生徒の意欲を維持するICT活用が学校にも、また家庭にも求められました。通信制高校の通学コースも同様ですが、毎日学校に行くことは日常的な支援が受けられ、前向きな気持ちを維持しやすいメリットがあることが痛感されました。

多様な通学形態を選べる通信制高校が多くなりましたが、それらの学校でも集中スクーリング(年数日登校)、月に1~2回登校などの生徒に対しては、これまでも日常的な学校からの働きかけを行い学習意欲の持続や孤立感の解消を進めてきました。昨年の休校期間中も続行されましたが、従来のメールや電話などに加えZoom、Google Meet、Teamsなどお互いの様子がわかるテレビ会議が使われるようになりました。ICTを活用することでより日常感覚を失わせない方策が始まりました。

一方、コロナ禍の中で児童・生徒の学びを止めないという合い言葉が後押しして、義務教育段階の児童・生徒に1人1台の学習者用ICT端末と高速ネットワーク環境などを整備する文部科学省GIGA(ギガ)スクール構想が、23年度達成を前倒ししてほぼ21年3月で達成されました。

高校でも21年度から義務教育段階と同様にICT端末などの整備が進められる予定です。通信制高校の中には早くから全生徒へタブレットを配布する学校や、自己所有のスマホなどを活用するBYOD(※)が活用されてきました。1人1台ICT端末は、一人ひとりが自分のペースで学べる「学びの個別最適化」の方向に一歩踏み出したと言えるでしょう。
※BYOD(Bring Your Own Deviceの略):スマホなど自己所有のデバイスを学習に活用すること

「学びの個別最適化」の方向へ

「学びの個別最適化」の方向は、文部科学省や経済産業省・未来の教室などでその実現が提唱されています。受け身の学びを主体的なものに変え、一人ひとりが自己調整して自律的に学習ペースをつくるというコンセプトです。

このコンセプトは、これまで通信制高校が実施してきた教育内容とほぼ一致するものです。元々、学び方の中心に自学自習のレポート学習を置いている通信制高校は、多様な内容を自分のペースで学べることが特徴にもなっています。

個別最適化とは、基礎知識をしっかりとつけるというものです。スポーツなどでもそうかと思いますが、最近は基礎力を鍛える場合はパーソナライズされたメニューが用意されるようになってきました。誰もが同じ筋トレメニューなどはしなくなっています。ただ基礎力鍛錬が面白いかと言えばそうでもないので、日々の習慣づけがないと難しいものです。

学校では、この「大事だがつまらない基礎固め」が一斉授業の形で行われ、ある生徒がわからなくなったり、不登校になったりしても待ってはもらえず、やがて学習習慣自体も失ってしまいがちです。一律の内容、一律のペース、一斉授業の短所から離脱するためには、パーソナル・トレーニングを可能にするようなしくみが必要になります。その土台になるのがIT技術と言えるでしょう。

学校運営面でも生徒数千人規模以上の通信制高校では、生徒管理システムを導入し、レポート、スクーリング、テストなどの学習履歴を取り、生徒に関するさまざまなデータを可視化し、一人ひとりの生徒に合わせた学習相談などができる学校が増えてきました。

余裕のある時間でオンライン課外授業

通信制高校の場合は、オンライン授業も含めたメディア活用は卒業に必要な単位修得のスクーリング(対面授業)の60%、特別な事情があれば80%まで代替することができます。ただし、メディア活用の中心はテレビ(NHK高校講座)や教科書準拠のDVDなどとなっています。双方向のオンライン授業をスクーリング代替に活用している例は一部の学校に過ぎません。

通信制高校のオンライン授業が活躍するのは、卒業に必要な5教科の単位修得のための授業というより余裕のある時間を活用した「課外授業」です。課外というと一段階落ちるように思われるかもしれませんが、予想以上に充実した内容を行っている学校が目立ちます。

例えば、通信制高校に多い不登校経験者は小中学校時代の未学習部分が多いのが一般的です。そのために国数英などは、オンライン授業により小学校段階やアルファベットの段階まで戻り、学び直しができるようになっている例があります。また、転入生などは大学進学を目指した発展的な学習の要望もありますから、それに対応できるようなコンテンツが用意されています。これらのコンテンツは、予備校や学習塾を母体としている学校では自前のものを活用している場合もありますが、外部企業などと提携してAI型ドリル教材やオンライン教材などEdTechを活用している場合もあります。予備校や学習塾を母体としていない学校での自校制作は負担が大きいため、今後は外部企業との提携が主流となっていくでしょう。

専門的な内容の学習をオンラインで行っている例もあります。英会話をはじめとした外国語会話、プログラミングなどが行われています。

集中スクーリングが困難になってわかったこと

メディア活用は、多様な内容の学びが実現できるというメリットのほか、通信制高校の場合は時間的余裕がもてる登校形態も実現できます。それが集中スクーリングです。最初にご紹介した新設のワオ高校も集中スクーリングを取り入れていますが、通信制高校ではポピュラーなものになりました。

集中スクーリングは時間と場所の制約が少ない学び方となっている一方、この形態をとっている学校の多くが自然豊かな本校で実施し、地域交流や宿泊などによる地域経済活性化にもつなげてきました。自然豊かな場所で地域の方が講師になってくれ、参加生徒と交流するのが集中スクーリングの醍醐味になっていました。

この地域交流が昨年度はコロナ禍によって大きな打撃を受けました。自然豊かな地域とは、別の言い方をすると一般的に高齢化が進んだ地域という側面を持っています。このため県境をまたいで高校生が移動してくることは、感染拡大のリスクを増大させる懸念が各地で指摘され、集中スクーリング実施が難しくなりました。

このため、「新しい学校の会」という団体に所属する通信制高校11校と関連3自治体は、20年6月、連名で文科省、内閣府にコロナ禍でスクーリングが実施できなくなった場合の代替措置などの要望書を提出しました。

この要望書に対して、翌月にあった文科省からの回答では感染症対策のためICTなどを活用した教育活動を行う場合には、特例的に8割のスクーリング減免が活用できるとの回答がありました。日常の学校生活を継続するうえでもICT活用の有効性が見られますが、コロナ禍のような緊急事態でもICT活用が切り札になることがわかりました。

オンラインに踏み切れない高校事情

読者の皆さんの周辺に大学生がいたら「せっかく入学したのに授業が全部オンラインになってしまった」「オンライン授業ばかりで友達づくりが難しい・友達に会えない」というぼやき声を何度か聞いたことがないでしょうか。

内閣府が昨年6月に調査したオンライン授業の受講状況によれば、大学でのオンライン授業の受講は約95%に達しています。一方、高校生の場合はオンライン授業の受講は約50%にとどまっています。さらに、通常通りの授業をオンラインで受講したというケースは、約13%に過ぎません。

大学生と高校生のオンライン授業受講の差は、高校には法律による制約があるからです。オンライン授業への学生の不満は別にして、大学は100%オンライン授業も可能です。一方、全日制高校にあっては、オンライン授業を対面授業と同等の教育効果を有すると認めるものに限ったうえで、修得できる単位数も5割弱までと定めています。さらに実施した科目は、その後に対面で内容を補う必要があるとも規定しています。修得できる単位数上限の緩和も示唆されていますが、文科省は「全日制はオンライン授業だけでは単位として原則認められない」という立場なのです。

コロナ禍でわかった学び方の“後進性”

コロナ禍の収束はまだ見えませんが、このコロナ禍で実情が白日の下にさらされたものもあります。その一つが、学び方の“後進性”と言えるかもしれません。1人1台のICT端末整備も、その打開策として計画を前倒しした面があります。

文科省が20年4月にコロナ禍で臨時休校した公立小中高校の設置者全国約1200自治体を調査したところ、同時双方向型のオンライン指導を通じた家庭学習を提供したのは約60自治体(5%)にとどまりました。この時期、実情から言えば小中高生の学びはほぼ止まっていたと言えます。

元々、日本の中高生のICT活用にはかたよりがあります。OECDが18年度に中3生(15歳)を対象に行った学校外でのICT活用調査を見ると、OECD諸国の同世代と比較するとチャットやゲームなどの使用比率は高いものの、宿題や勉強にはあまり使われていません。また、「1週間のうち、教室の授業でデジタル機器を使用する時間」は国語、数学、理科においてOECD加盟37か国中最下位でした。学校外で「コンピュータを使って宿題をする」頻度についても「全くかほとんどない」が約79%でこちらも最下位でした。これまで日本の学校教育では学校や自宅でのICT活用がほとんど想定されていなかったことを物語っています。

ICT活用を想定してこなかった背景には、学校教育の根幹に「決められた教室・学年の中で一律・一斉に行う」ことがあったからだと見られます。コロナ禍の中では一堂に会して学ぶことが難しくなった時期がありましたが、一方で当事者が自分で調整して学ぶこともできると気づくことも多くあったのではないでしょうか。それを推し進めるのが「学びの個別最適化」の方向です。メリットは居場所や学年、時間の制約を必ずしも受けずに自分の目標に合わせた内容を選べることです。

時間の制約を受けないのは、自分で自由に使える余裕時間を生み出すという面もあります。時間の有効活用により生み出される余裕時間によって面白い学際的なテーマを学ぼうというものもあります。それが、冒頭でご紹介したワオ高校の「イノベーションを誕生させよう!」というテーマにつながっています。


学びリンク株式会社 代表 山口 教雄 http://manabilink.co.jp/
通信制高校の専門出版社「学びリンク」(1996年創立)代表。通信制高校、高認、夜間中学、フリースクールなどの進路ガイドブックをはじめ、不登校、留学、親子関係、起立性調節障害、通級指導教室など多岐に渡る分野で出版を行う。出版の一方で、全国主要都市で「通信制高校・サポート校合同相談会」を開催している。