イタリアの医学部から日本の医学部へ
私立・国公立大学医学部に入ろう.COM 代表
株式会社CMP 代表取締役 平野 晃康
シチリア島の出身で、バチカン市国の教皇庁が運営するカトリカ大学を卒業し、現在は慶応大学附属病院で医師として活躍しているパントー・フランチェスコ先生に、イタリアと日本の精神医療の考え方の違い、イタリアの大学と日本の大学の違い、そして、これからの活動についてなどを伺いました。
この記事を通じて、医学部を目指す皆さんが、進学先の選び方を含めて自分自身の人生について少しでも視野を広く持ってもらえればと思います。
精神科医 パントー・フランチェスコ 先生
日本の大学病院で精神科医として働くまで
平野 初めまして。先生はイタリアのシチリア島のご出身ですが、現在は日本で精神科医をされています。この間にどのようなことがあったのか、とても興味があります。
パントー そうですね、順を追って説明しましょうか。まず、私が生まれたシチリア島は日本の皆さんがイメージされるイタリア、男らしさや女らしさという価値が強く残っている土地です。一方で、私は内気で、外で遊ぶよりアニメを見る方が好きでした。そのせいで周りから浮いてしまい、引きこもりがちな少年時代を過ごしました。
平野 その頃に見たアニメというのは日本のアニメですか。
パントー そうです。その頃に私に生きる力を与えてくれたのが日本のアニメで、特にセーラームーンに憧れました。その頃から、将来は日本の文化に囲まれて暮らしたいと思うようになりました。
平野 なるほど、その少年時代の経験が精神医学への興味を掻き立てたのですね。
パントー そうです。自分の苦しかった気持ち、そして生命の神秘を理解したいという気持ちから、イタリアの大学の医学部に進みました。そして、大学3年生の精神医学の授業で「HIKIKOMORI」という単語に出会います。定義は「6ヵ月以上家にこもって人との接触がない」というようなもので、日本の文化特有の病気として紹介されていました。2019年の内閣府の発表では110万人以上の人が苦しんでいると聞きます。とても多い数で社会現象になっていますね。
平野 なるほど。そこで日本で生活したいという気持ちと精神医学がつながった。
パントー そうです。日本の文化特有とされる「HIKIKOMORI」の症状と、自分の子ども時代が重なりました。それと同時に、日本には私を救ってくれたアニメのような素晴らしい文化があるのに、どうしてこんな病気が生じてしまうのだろう。それに苦しむ人がたくさんあるのだろうと、とても不思議に思いました。
いてもたってもいられなくなり、日本の文部科学省の留学制度に応募し、引きこもりの研究の第一人者、斎藤環・筑波大教授のもとで学ぶことになりました。
平野 現在は慶応大学医学部附属病院で精神科医として活躍されていますが、今後もこちらで医師として働かれるのですか。
パントー そのつもりです。それと同時に、私の持っている精神医療の知識を生かした新しいサービスを考えています。
平野 医療ではなく、サービスですか。
パントー そうです。そのことについて説明する前に少しお話ししなければいけないことがあります。
まず、人間は「物語」をつくる生き物だということです。身の回りで起こる様々な出来事に対して意味を付け、自分の行動に意味を持たせます。その意味に納得するから、自分の行動に納得できるのです。この物語に納得ができなくなると自分の行動にも納得することができず、行動できなくなってしまうのです。
日本では「スタンダートな物語」を求める圧力がとても強く、そのスタンダートから外れることを恐れるように思います。つまり「○○歳には▼▼しなくてはいけない」というような大きな物語があって、そこから外れてしまうと自分の行動に自信が持てなくなってしまうのです。
平野 イタリアにはそうした物語はあまりないのですか。
パントー もちろん、私がシチリア島で感じたように全くないわけではありません。でも、地域が変わればそうした物語は変わります。例えば、30歳で結婚しないのは普通ですし、高校を卒業して何年かして大学に通う人もたくさんいます。私の大学でも半分くらいは高校を卒業してすぐに入学してきますが、後の半分は年齢がバラバラです。
平野 なるほど、日本では地域を変えてもそのあたりの基準というか、物語は同じですね。
パントー 所属する文化が持つ物語が求めない行動を取ることは、とても難しいことです。この物語の多様性の少なさが、日本社会において生きづらさを感じる人が増えている原因ではないかと思います。そのような生きづらさを感じた時、別の物語の提供をうけたり、物語を自分で編みなおす必要があります。
平野 なるほど、そのためのサービスということですね。病気ではないので治療ではないと。
パントー 私が今手掛けているのは、アニメやゲームを用いて物語を追体験し、その中で自分自身の物語をつくり直すというものです。主人公が自分の抱える悩みや問題を解決していく。そこに自分自身を投影することで、自分の物語を再構築することで元気になるというものです。まだ病気ではないけれど、生きづらさを感じている。そんな人に体験してほしいと思っています。
平野 先生は自分の興味のあることをとことん追求しているように思います。
パントー 医師の仕事というのは、決して頭がいいからとか、成績がいいからなるというものではないと思います。まして、建前でするものではありません。そういう気持ちでなったとしたら、医師は自分の人生を医療に捧げる生き方ですから、途中で後悔することになるのではないでしょうか。医師になって10年くらいたって、どうして医師になってしまったんだ、と、後悔することになったら大変ですよね。やはり、大前提としてやりたいことをやるというのが大切だと思います。
私は、大学受験を含めて何人もの生徒を指導してきました。
中には自分の人生そのものを否定してしまっていたり、家族や親族から否定されたりしている学生も見たことがあります。そのような人たちを念頭に置いてパントー先生のお話を振り返ると、それらはまさしく自分自身の物語を打ち砕かれた人たちであったように思います。
これを読んでいる多くの人は、そのような困難な状況にはないかもしれません。しかし、今後、受験を通じて自分自身が否定されることや、あるいは、将来に漠然とした不安を持つことがあるでしょう。または、自分のやりたいことと周囲が期待することの間に、解離を感じることがあるかもしれません。
そうした時、できるだけ気持ちを楽にして、自分自身のやりたいことを追求することをお勧めします。そして、とことんそれを追求してみてください。
私は、今年から啓林館「化学基礎」の教科書編集者として教科書の巻末に名前を連ねることになりました。これは私が化学の指導が好きでそれを追求してきた結果だと思っています。
私の生き方は周囲から白い目で見られたり、冷笑されることもありました。でも、自分が納得できるのならそれでよいのですし、そこで結果を出せば人は手のひらを返します。
自分の物語を大切に、そして、可能性を信じて頑張ってください。
株式会社CMP 代表取締役 平野 晃康 氏
名古屋セミナーグループ医進サクセス室長を経て、現在は私立・国公立大学医学部に入ろう.COM代表として、入試情報の普及に努める。株式会社CMP代表取締役、啓林館「化学基礎」教科書編集協力。教科書傍用問題集「ケミ探+」執筆、医学系予備校のデータブック執筆・作成。医学部受験の指導と正しい入試情報の普及に努める。入試情報誌「私大医学部入学試験を斬る2013」(名古屋セミナー出版)を編集・執筆、医療系データブック(大学通信)にコラムを寄稿。
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