連載:塾ジャーナル2022年1月号

永遠に未完の塾学『社会の急激な変化にさらされる塾』


俊英塾 代表 鳥枝 義則


11月、12月は、塾の進路決定懇談の時期である。塾の人間は、懇談会での保護者との会話から社会の急激な変動を教えてもらうことが多々ある。

福祉バブルの衰退

25年ほど前は、「福祉」が脚光を浴びていた。当地にある社会福祉系大学の開学は平成9年。社会の高齢化が顕在化し始め、社会福祉の充実が急務となった頃だ。福祉系の大学は時流に乗り、合格に必要な偏差値も急上昇した。

他の多くの私立高校も、福祉系の進学コースを新設した。しかし、今や社会福祉系の進学人気、就職人気は高くない。激務のわりに給与が低いことが知れ渡ったからだ。

看護師志望の急激な増加

今年の懇談で気づいたのは、女子塾生の看護科受験希望者の急増だ。以前は、中3生で看護科を希望する生徒の多くは、母親が看護師をされているというパターンがほとんどだった。今年は、そうでない例が多い。

コロナ禍での激務から、看護師さんの給与が急激に上昇していると聞く。以前は夜勤の存在が敬遠されていたが、最近は、夜勤手当や休日出勤手当を含めると、医者に近い給与になるという噂までささやかれ始めた。看護系進学コースの人気が高まるのも納得できる。
男子の人気も高まっている。公立病院などで、以前は見かけなかった男性看護師が珍しくなくなってきた。そして、非常に評判がよい。

当地の社会福祉系の大学は、学長の先見の明もあり、今や福祉系ではなく、理学療法士、作業療法士の学科の人気で受験生を集めている。余談だが、理学療法士、作業療法士の人が、「看護師さんの給料はめっちゃ高いんですよ」とぼやかれているのを何度か耳にした。

看護科を持つ高校の不足

女子が進学する私立高校は、病院と提携して実習まで行う「看護科」を設置している学校と、看護系の専門学校や大学に進学しやすい履修教科が学べますよという「看護進学コース」を設けている学校に分かれる。

以前はその区別を知らない保護者がほとんどだったが、今は懇談で説明しなくてもほとんどの保護者はそこまで調べている。

ところが、ほぼ確実に看護師になれる「看護科」がある私立高校は、当地から通える範囲では3校ほどに絞られる。そのため看護科を設置している私学は強気で、受験も専願試験しか認めないという学校が増えてきた。

ちなみに、看護科を持つ公立高校は皆無である。

高偏差値の女子は薬学部へ

医学系の大学の難化に伴って、薬学部の人気も高まり、高偏差値化している。当地で入試偏差値60を超える高校に進学する女子生徒の中では、薬学部をめざすという生徒が増えている。高収入で、薬剤師資格が活用でき、勤務形態も激務ではないというのがその理由であろう。

むべなるかな。

老人大国で病院大国のニッポン。現在の人口動態が続く限り、しばらくはこの傾向が続くと思われる。

流行だけで決めてよいのか?

私自身は、目の前の塾生の行く末を考えれば時勢に乗るしかないと思っている。しかし、国、民族の行く末を考えると、暗澹たる思いにとらわれることが多い。

例えば、学校の先生。労働時間の長さや雑用の多さが嫌われて、教職につこうとする学生が激減しているのだそうだ。小学校の先生であれば、ほぼ希望者全員が採用される時代が目前だと言われている。いわば無試験で先生になれる時代が到来するのだ。それでいいのだろうか。

また、ある調査によると10代で新聞に目を通す人は0%に近いそうだ。朝日新聞に就職する東大生がゼロ人になったというニュースも最近見かけた。

私たちは、ネット上で見かけたTwitterやFacebookや検索でのみ、必要な知識や情報を得る危険な時代を生きている。

大学は研究費を急激に減らされ、世界での博士論文の発表数も中国や韓国に大きく引き離され始めたらしい。

流行と時勢に追随するだけ

日本という国は世界の趨勢に流されるだけで、自己の価値観を積極的に主張し、リーダーシップを発揮することが極端に苦手な民族だとつくづく思う。日本の未来を大きくそこないかねない政策、施策を、最近、国や社会が嬉々として推進しているようにさえ見える。

その一つが、2015年の国連サミットで採択された国際社会が共通してめざすべき目標SDGs(Sustainable Development Goals・エスディージーズ・持続可能な開発目標)である。

具体的な目標としては、「すべての人に健康と福祉を」「エネルギーをみんなに。そしてクリーンに」「気候変動に具体的な対策を」など、誰も反対できない17のものを掲げている。


SDGsの17色のバッジ

日本でも、多くの政治家や企業人が嬉々としてSDGsの17色のバッジを襟につけているのを目にした人も多いのではなかろうか。そこに内容の吟味も、日本としての主張も全くない。ただ、流行に流されているだけだ。

ヨーロッパやアメリカ、中国、ロシアなどは、SDGsの主張を錦の御旗に、例えばEUは執行機関である欧州委員会が、2035年に発売できる自動車は排出ガスゼロ車のみとする規制を提案した。ハイブリッド自動車で世界をリードしていた日本をターゲットにしたルール変更だと言われている。

また、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」にそって国際エネルギー機関IEAは、2050年までに化石燃料への新規投資の即時停止、エネルギー供給に占める再生可能エネルギーの割合の7割引き上げ等を内容とする温暖化ガスの排出量をゼロにするための工程表を発表した。

負け続ける日本でいいのか

原発を止めて産油国に約100兆円、中国パネルメーカーと外資系ファンドに再生エネルギー賦課金40兆円を贈与する。

製造業は国内では衰退しているのに円安政策に固執し、原油価格や食料品の価格高騰を、指をくわえて見送るだけ。

日本経済は緩慢に自殺しているようなものだ。

負けてたまるか!

知人の話によると、小学校で逆上がりができないと可哀そうだという理由で、幼稚園児を中心に1教室に800人も集めている体操教室があるそうだ。また、地元の小学校では、水泳の授業で泳げないとみじめだということで、クラス40人全員が近くのスイミングスクールに通っているらしい。

ダンス教室に通う日と通塾日が重なるので塾をやめます、という人も珍しくはなくなった。

負けてたまるか、と頑張るしかない。

プロフィール
俊英塾 代表 鳥枝 義則 氏
1953年生まれ、山口県出身。京都大学法学部卒業後、俊英塾(大阪府柏原市)創設。公益社団法人全国学習塾協会常任理事、全国読書作文コンクール委員長等歴任。関西私塾教育連盟所属。塾の学習指導を公開したサイト『働きアリ』には、多くの受験生や保護者から「ありがとう」のコメントが。成りたい人格は「謙虚」「感謝」「報恩」…。
■俊英塾 http://kashiwara.shun-ei.com/

●学習支援サイト『働きアリ』 http://blog.livedoor.jp/aritouch/
勉強をしている子どもたちが、悩み、知りたい、理解したいと思いながら、今までは調べる方法がなかった事柄を、必要かつ十分な説明でわかりやすく記述したサイトです。


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