業界時評131『持続可能な社会を考える…その1』
教育評論家
放送大学非常勤講師 小宮山 博仁
ここ2、3年(2021年11月現在)、日本も分断化した社会になってきた(または「なった」)という声がよく聞こえるようになった。今回からは、分断化した社会を再構築するにはどうしたらよいかのいくつかの提言をしたいと思う。
平成時代の日本の経済は、生産および消費ともに低迷し現在に至っていることは、昨年のコラムで簡単に検証した。国債を発行して金融緩和を続けても経済の実体はよくなっていない。金融バブルがはじけた危機が10年に1回は生じている。
それにもかかわらず日本の株価が一定の高さで維持されている要因の一つに、日銀がETF(上場投資信託)を買い入れていることがある。また、国が発行した国債を日銀が買い、市中に貨幣が大量に出回る。その貨幣が株式に向かい株高となる構図に今の日本はなっている。
これは実質的に国が税金を使って一部の人々のために株価を支えていることであり、冷静に考えれば正常な経済政策でないことは、だれが見ても明らかであろう。
このようなことが可能なのは実体経済(対外資産残高・家計の金融資産残高など)がまだ良好だからである。
完全な形に近い自由競争で富裕層の所得が増加すると、そのおこぼれが貧困層にも貨幣が「滴り落ちる」というトリクル・ダウンという経済政策が、1980年代のアメリカでもてはやされた。それから約20年遅れで日本でも郵政の民営化に象徴される「構造改革」が断行された。しかし一向に日本の経済は回復しないままである。
国立大学や国立病院や公立病院なども次々と独立行政法人化され、常に収支のバランスを明確にする組織へと変換している。ここの部分だけを見ると、「赤字をたれ流しにしている組織にメスを入れる」という大義名分は通るような気がする。
しかし法人を黒字化する手っ取り早い方法は人件費の削減であり、大学や研究機関なら、研究費の削減も同時に行うことであることに気がついている市民は少ない。
このようなセーフティネットがらみの組織が法人化すると、一般的には活力が低下し、組織が弱体化してしまう。今回のコロナ禍の危機で多くの人が知るところとなったのは、セーフティネットとして重要な部分と思われていた日本の医療制度が、1、2ヵ月であっという間に崩壊してしまったことである。
日本は国のレベルでは医療をコントロールできないことが露呈した。地方自治体に重要な生命にかかわる社会の共有資産を任せてきた付けが回って来たとも考えられる。競争原理を導入してはいけない部分までメスを入れ、「我が自治体は他に先駆がけて黒字化した」と胸を張って公言していた関西の政治家がいた。
このような悲劇が生じるのは、過去の古い体質の経済政策に固執したためである。
半世紀前は景気が悪化すると、道路や公共施設を建設する公共投資(ケインズ政策)を実行し社会資本を充実させ、経済を回復させたが、1980年代以降はうまく機能しなくなってきた。1億円を公共投資するとその何倍かの需要が生まれるというのがケインズの「乗数理論」であったが、成熟した社会ではこの効果が薄くなって、以前より経済の回復のカンフル剤にはならなくなってしまった。
このような時代にGDPが一定の割合で伸びているのは、労働力人口の減少がそれほどでもない国である。オランダなどは人口の伸び率が低いが、女性の社会参加が1970年代以降増えたため、成熟した社会にもかかわらず、GDPの成長率はそこそこである。
持続可能な経済にするには、かつての団塊の世代のような豊富な労働力人口は望むことはできない。女性が社会参加し企業で働くことによって労働力人口は増えるが、それなりの環境づくりが必要である。
労働時間がたとえ短くても、同じような仕事なら正規労働者と同じ賃金にし、同じ福利厚生(年金・賞与・健康保険など)を充実することで、不足しているかなりの労働力を賄うことが可能になる。労働力人口の増加は、生産だけでなく消費も活発になることがわかっている。
もう1つは、今までの日本が得意とした鉄鋼・造船・重電といった重化学工業や、家電や自動車といった機械工業に頼らない産業を育成することである。
どのような産業がこれからの社会で求められているかを考えるヒントはSDGsであろう。持続可能な社会がキーワードになると言ってもよいかもしれない。それをもとに何が重要かを思い浮かべると、自然環境と健康とエネルギー問題に行き着く。
日本のエネルギーは、石油・石炭・天然ガスに頼ることが多く、そこに1970年代から原子力発電(原発)が加わった。エネルギー関連の産業は、石油・石炭・天然ガスといったCO2を排出する化石燃料を利用する。この分野では高い科学技術を保有し(正確には、していた)、原発の技術も蓄積してきたという自負が、産業界にはあったのではないだろうか。
半永久的に使えてコストが安いと思われていた原発は、チェルノブイリの事故や東日本大震災で、そうでないことがわかってきた。そのため安全対策のコストが高くなり、アメリカ、フランス・イギリスの原発企業は苦戦を強いられ、早々に手を引いたところもある。その一つが加圧水型炉を得意とするウエスティングハウス(WH)社であることは、一般の日本の市民は知らなかった。
2011年3月11日の東日本大震災で福島の原発はチェルノブイリに匹敵するほどの打撃を受けたが、日本の原発メーカーである東芝、日立、三菱重工は基本路線を全く変更しようとしていない。ようやくイギリスやトルコの新規原発建設が頓挫してから、再生可能エネルギーに舵を切る気配を見せているが、この先どうなるかは定かではない。
グローバルの視点で見れば、もはや原発はリスクが高過ぎる時代遅れのエネルギー源であることは明らかである。
地球温暖化を止めるという課題が、持続可能な社会にするためにも重要であることが世界各国で一層認識されてきている。化石燃料の削減が注目されるが、ここでも日本の企業はアメリカやEUに比べて1周遅れの経営をしている。石炭火力にいまだに拘り続け、再生可能エネルギーの増え方が大変遅くなっている。
イギリス・ドイツ・アメリカは石炭火力の割合を急速に減らしているが、日本はいまだに約32%を占めている(2019年)。これは原発や石炭火力の技術に政府が肩入れしすぎているのも要因の一つと思われる。従来の成功体験を引きずり過ぎるあまり、イノベーションが進まず、GDPが足踏みしているのが日本である。
このような状況から一刻も早く脱却するには、環境エネルギー革命を起こさなくてはならない。すでにアメリカはスタートしようとしている。グリーンなエネルギー産業を育成する政策に失敗すると、日本の経済停滞はさらに長びく可能性が高い。
分断化された社会では、セーフティネットが機能しなくなってくるであろう。そのためにも危機の対応も含めた医療機器(MRI、CTなど)のさらなる開発や医療制度の構築(ITで医療情報共有・指揮の統一など)が必要であろう。
また医療費削減のための健康機器やフィットネスクラブの拡充も重要であろう。これからシニアが増えることを予想し介護関係のITを利用した機器(ベッド・浴槽・ロボットなど)や監視システムなどが考えられる。
今まで人力に頼っていたことを、ITを活用して人間の労力の補助をするための、医療・健康系への投資は、グリーンエネルギー革命と同じくらい大切なこととなるであろう。人に役立つだけでなく、新しい産業の発達で雇用が創出され、それにともない消費も増えてくる(EUなどでは再生可能エネルギー関係の雇用が増加している)。
このように概観してくると、すべてのイノベーションにITが関連していることがわかる。ハードをつくることを軽く見てはならないが、SDGsに関連したソフトを作成し、ネットワークをつくることが重要なポイントになってくる気がしてならない。
ここに示したのは新しい産業のほんの一部であるが、既成のシステムや商品にすがっていたり、過去の栄光を忘れることができず、同じことに固執していたら、世界の流れに1周どころか、2周・3周も遅れてしまうだろう。
1949年生まれ。教育評論家。放送大学非常勤講師。最近は活用型学力やPISAなど学力に関した教員向け、保護者向けの著書、論文を執筆。
著書:「持続可能な社会を考えるための66冊」(明石書店・2020年)、『「活用型学力」を育てる本』(ぎょうせい・2014年)、『眠れなくなるほど面白い数学の定理』(日本文芸社・2018年)、『眠れなくなるほど面白い数と数式の話』(日本文芸社・2018年)、『大人に役立つ算数』(角川ソフィア文庫・2019年)、「眠れなくなるほど面白い算数と数学」(日本文芸社・2020年)など。
【既刊情報】
『持続可能な社会を考えるための66冊』(明石書店)全国の書店及びAmazonなどのウェブストアで好評発売中。定価2,200円(税別)。
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