掲載:塾ジャーナル2021年7月号

辛口コラム153
絵画、ハングル、音程など、構造の把握が要である

絵を描くときは対象物の正確な構造を捉えることが大切である。ロジカルデッサンなる描き方に基づき、目鼻口の位置、大きさ、比率などに気をつけると、均等の取れた顔を容易に描くことができる。眼球に対して、瞼のつくる曲線の位置、上瞼が眼球に落とす影、涙丘や瞳孔、角膜、虹彩を意識して描くと、写実的で生々しい目が描ける。レオナルド・ダ・ヴィンチが人体を解剖したのは絵画の写実性を向上させるためだったと言われているが、頷ける話だ。美大生は美術解剖学を絵画の基本とし、服のシワといった表層に惑わされず、服の下にある筋肉や骨格を意識して人物を描くという。


数学で扱う種々の関数のグラフを如何に正しく描画できるかも、その関数の特性をどれだけ理解しているかが要となる。例えば、三角関数の一つである正接関数を正しく理解していれば、そのグラフを3次関数のグラフのように描いてしまう失態は決してないはずだ。

文字も特徴を押さえれば、バランス良く綺麗に書けるだろう。文字と言えば、韓国語の文字であるハングルは論理的に構成されている。子音と母音はそれぞれ発音器官と天地人の陰陽に基づいた象形文字で表される。この構成原理を知れば、ハングルの識字は容易である。

一例として、「나」をNA(ナ)と読む理由を説明する。「나」の左右はそれぞれ子音と母音を表す。子音のNを発音するとき、舌先を前歯の上歯茎に付けるが、顔面の左側から見れば舌の形は「L」状となる。天(太陽)「・」が人「|」より右側(東)に位置して明るいことから、「ト」で陽性母音のAを表す。この程度の知識で、「감시카메라」が「監視カメラ」、「도착시간」が「到着時間」のように、漢語や外来語に由来する単語であれば、韓国語を知らない私でも実際に発音して意味を推測できるし、ある程度はハングルを書ける。巷ではハングルを語呂合わせで無理やり説明して暗記させようとする解説が散見されるが、これでは折角の構成原理が台無しであり、識字に一苦労するに違いない。

英単語も漢字の部首と同様、分解することで意味を理解できる。decomposeはde(反転)+com(共に)+pose(置く)から成るが、「共に置く(合成する)」の意味が反転して「分解する」の意味となる。compassは2つの脚でコンパス、octopusは8本の脚でタコの意味だ。octoは8を意味するギリシャ語由来の接頭辞の一つである。10月を意味するOctoberは旧ローマ歴の新年が3月のため8番目の月だった。9〜12月を意味する英単語も同様に解釈できる。

octave は8度音程を意味する。1オクターブ上がると音の周波数は2倍になるが、ピアノは12平均律なので、半音上がると周波数は2の12乗根倍となる。ドミソの和音の周波数は4:5:6と綺麗な整数比になる。

オクターブは周波数の対数であり、音の大きさや星の明るさもそれぞれ音圧や輝度の対数で表される。実際、10gの重りを手に載せ、さらに10g追加すると重さの変化を知覚できるが、1㎏の重りに10g追加しても重さの変化は知覚できないだろう。

このように、感覚量の変化は刺激量の相対的な変化に比例することから、人間が受け取る感覚量は刺激量の対数で表されるのである。人が年齢を重ねる毎に時間の経過を速く感じるのは、様々な心理的要因があるだろうが、その道理の一つを上述の対数で説明することが可能である。

種々の物事の構造を捉えることは、内在する共通の性質を見出し、物事の本質を理解する一助となるのである。


繁田 岳美(しげた・たけみ)
東京生まれ。昭和薬科大学総合薬学教育研究センター応用数学研究室教授。博士(理学)。専門は偏微分方程式の数値解析。東京理科大学大学院在学中、母校の明法高等学校で非常勤講師を勤める。香港城市大学数学科、日本大学ハイテク・リサーチ・センター、山口東京理科大学電子・情報工学科、国立台湾大学土木工程学系での勤務を経て現在に至る。趣味はコンピュータプログラミング、手品、中国語など。