3学年揃って「自律的な学習者」の集団へ
新しい価値観を持って生きるレジリエンスが高い生徒たち
ドルトン東京学園中等部・高等部
「教員・生徒はみんなドルトンが好き。自分がドルトンの中で輝きたい、自分らしさを発揮してみんなと一緒に学びあいたい、という気持ちを持っています」(安居副校長)
ドルトン東京学園中等部・高等部は、米国の教育家ヘレン・パーカストが提唱した教育メソッド「ドルトンプラン」100年の歴史を礎に、既存の教育の枠組みや概念にとらわれない「新たな学びの価値観をゼロから創り上げる学校」として2019年春に開校。3学年揃って賑わう中等部を、副校長・安居長敏先生はこう喩える。「昨年、風雨に揺られ、しなやかさを増した幹に、枝葉がいっぱいつながり始めています」。学校に育てられ、学校を育て始めている生徒・教員・保護者の3年間の軌跡をたどる。
自分で考え、自ら行動する
人間本来の自然な姿で生きる
「学ぶ楽しさから創る喜びを引き出す、学習者中心の教育」――理念の具現化は容易ではない。教員・生徒・保護者が、率直に対話し、葛藤を乗り越え、協働してきた3年間を、副校長・安居長敏先生はこう評する。
「カオスです(笑)。でもそれがこの学校の背骨を創る過程なんです。組織が効率を追求すると、教員や保護者、生徒ですら、従来の学校のようなオペレーションを求め始める。それを阻止して原点に戻すのが僕の役割。『生徒の学びに最適か、必要か』協議が絶対に必要なんです」
教科学習は、生徒自ら学習計画を立てる「アサインメント(学びの羅針盤)」によって展開する。受験生保護者の最も多い質問は「指示しないと動かない子ですが大丈夫でしょうか」。入試広報部長を兼任する安居先生も「最初は自分の考えをきちんと表現できない子がほとんどです」と返す。
「でも今や1期生は、『自分はこうしたい。だから、このように行動します』ときちんと言語化できます。ドルトンでは、自分で行動しなくては何事も始まらない。発言しアプローチして、初めて周りも助けてくれる。1期生は経験して気づきましたが、代を重ねるごとにアウトプットが速くなる。先輩たちの振る舞いが『いくらでも失敗していいし、もっと自分を表現して良い』校風をつくり出しているのは大きいです」
とはいえ「先輩を目指さなくてもいい」と安居先生。自分の特性や持ち味を発揮する方が、互いの理解のために大事だと肌感覚でわかるという。「自然体でいると皆が心地良い」というマインドセットは、ドルトンに関わる多くの人に広がっているようだ。
オンライン開催となった「STEAMフェス」では、バーチャル空間「oVice」上に学校を再現、アバターで集まった参加者に生徒たちが研究成果を発表した
新しい価値を創るラボラトリー
深堀りが自分や社会を変える
やりたいことを達成するために必要な知識・力を自ら獲得する「自律的な学習者」を育てる、もう一つの学びの柱が「ラボラトリー(探究的な学び)」だ。大人と生徒が対等なパートナーシップで「自分ごと」として議論し、新たな価値の創出や、行動や社会の変容を促す。生徒自身が探究テーマを決めるほか、教員が用意するテーマラボ(前期だけで約60)から最大4つを選べる。
株式会社ガイアックスが協力する「起業ゼミ」では、飲食店の食材廃棄を減少につなげるクーポンアプリの企画が採用され、200万円の法人設立資金を獲得。生徒発案ラボ「ドルトンの畑の野菜で社会貢献」では収穫野菜の売上金で、世界の子どもたちへのサポートに乗り出す。
安居先生の担当ラボ「0 to 1学びの旅」では、ANAほか50の企業・学校が参加する「旅と学びの協議会」事業の一貫として、屋久島のNPOの協力のもと「新たな学びの旅」を提案。中2の女子生徒は両親の旅の思い出を追体験するプランを企画し、「屋久島の自然の中で自分を解放したい、自分がどう変わるか実証したい」と20枚近いスライドを使った動画を一気に仕上げた。だが安居先生のコメントは容赦ない。
「『何を一番やりたいのか僕には響かなかった。自分がどうなりたいのか、もっと深堀りしませんか?』と投げかけました。彼女の能力なら、もっと上に突き抜けられると信じていますから」
この3年間で一つのドルトン生像が生まれつつある。「へこたれない打たれ強さ」だ。生徒たちは口々に「ドルトンでは自分がやりたいことができる」と語る。
「安易なレベルで満足したら、言葉や想いが嘘になる。実現しよう証明しようと、叩かれても這い上がってくる強さが備わってきたと思います」
ラボラトリーでは、企業や各界のプロフェッショナルを招聘して、実社会に直結する学びや課題を「自分ごと」に捉え、大人たちと対等に議論する
STEAM新校舎はSDGsの教材
未来の生き方を提示する学校へ
2022年9月には新棟「STEAM校舎」が完成予定だ。省CO2と、「Net Zero Energy Building」消費エネルギー収支ゼロを目指す建物だ。1階にアート&クラフトゾーン、3階にサイエンスゾーンを振り分け、2階にライブラリー(知識のコア)機能を持たせたラーニングコモンズを配置し、校舎そのものが学びの素材、と安居先生。
「学内外の大勢の人が集い、ドルトンを取っ掛かりに多様につながれる場所、学びのハブにしたい。世界はものすごいスピードで動いています。ドルトンも永遠に変わり続ける学校でありたい」
1期生の保護者も「学びと変容」の3年間だったようだ。先行きの不安から1年目は、大学入試準備や補習などの対応を学校側に要求したが、学校側は「それはドルトンの学びの本質とは違う」と理解を求めた。2年目には保護者たちから自発的な「ドルトンプラン勉強会」が立ち上がる。コロンビア大学ティーチャーズカレッジ上席研究員で、ニューヨークのドルトンスクールに子どもを通わせた経験のある保護者からレクチャーを受け、現場の教員からラボ活動のヒアリングをし、校長・副校長に質疑応答を重ねて理解を深めた。
(左)理科は物理・化学・生物・地学の中から探究テーマ、学習順序を自由に選べる。理科好きが集まる「理化学研究会」は文化系クラブで一番人気
(右)来年秋に完成する「STEAM校舎」はSDGsに配慮したサステナブル建築。自然・エネルギー・環境を身近に学べる環境学習装置でもある
3年目の今年は、「Voluntary Community of Dalton Tokyo(VCD)」という保護者交流会が発足。1期生の保護者が2・3期生の保護者の不安に寄り添い、納得・安心感を持ってもらう活動が動き出す。何より親たちが学校に信頼を寄せるようになる最大の説得力は「子が自ら変わった姿」だ。ドルトン東京学園が、現在の教育界に与えるインパクトを、安居先生はこう分析する。
「これからの世界を生きる人としてどうあるべきかを示す、その価値を世に問う学校だと思っています。卒業生全員が『6年間こう考えて、こういう道を自分で選びました』と堂々と言える。本人が幸せで、社会にも貢献できる人生。それが世に示せる『結果』です」
3年後、1期生はその期待に応えられそうですか、と尋ねると、安居先生は嬉しそうに即答した。
「できると思いますよ、確信しています」
ドルトン東京学園中等部・高等部 https://www.daltontokyo.ed.jp