【特集】
多様性の時代における通信制高校の在り方とは
学校法人神戸セミナー理事長・校長 喜多 徹人
私は神戸市で大学受験予備校を併設する、高等専修学校の校長をしています。また同時に、通信制高校の学習センターの運営もしています。全国的にも珍しい組み合わせです。
もともとは1校舎だけの小規模な老舗の予備校でした。大手さんと差別化のために「学力の低い生徒が対象」「順調でない人が対象」「高校中退者にも対応」と30年前に方針を切り替えた結果、受験勉強や大学進学以外の部分の重要性を生々しく知ることになり、現在の形態になっています。
なお教育業界に来る前は、銀行員を6年半やっておりました。そんな立場の人間が通信制高校の役割の在り方について思うところを書かせていただきます。
私自身は、公立の「伝統進学校」と言われる高校で受験勉強よりも野球に打ち込んでいました。昭和の体育会系人間です。2浪して志望大学に進学しました。日本の「多数派」の教育システムで困らなかった人間です。この拙論では現状の教育システムを否定する意図はありません。対応、適応できる方も多くいらっしゃるし、その方々については問題ないわけです。
大切なことは「今のシステムに適応できない人にどう関わればいいか、どういう受け皿が必要か」ということだと考えます。
小学校6年間と中学校3年間を「義務教育」と呼びます。この義務教育の意味を間違えて認識されている保護者さんが一定数いらっしゃいます。中学生で不登校の子どもに対して「中学校は義務教育なんだから行かないといけない」と言われるケースが多いのです。
本誌の読者の皆様には釈迦に説法ですが、「義務教育」とは大人たち(国民)が自分の子どもに対して教育を受けさせなければならない義務であって、子どもが受けなければならない義務ではありません。経済的な余裕がないから学校に行かさず10歳から労働させるというようなことをしてはいけませんよ。だから授業料や教科書代は税金でまかないますよ、無料ですよ、ということですね。
大人にとっての義務であり、子どもにとっては「教育を受ける権利」ということになります。
ではなぜこの年齢の全国民に教育を受けさせるのでしょうか。中央教育審議会などで様々な表現で細かいことは述べられています。私はざっくり言って以下の2つだと思っています。
①社会システムの安定のために国民の資質を上げる。
②個人が社会システムの中で充実して生きていくため。
戦後の高度経済成長期などは①の要素が強かったと思います。しかし社会も経済もどんどん変革し、多様化の時代には①よりも②の要素の方が尊重されるべきではないかと考えています。
つまり個人の立場でいうと、「学校は人生を充実させるために行くところ」と言って良いでしょう。文部科学省も平成になって「生きる力」が大切だ、と言うようになりました。すると小学校、中学校に通う目的は「生きる力を身につけて人生を充実させるため」ということになると思います。
中学校時代が終われば義務教育ではなくなるわけですが、現状の日本では約98%の中学生が高校進学を選択します。就職するより高校に進学する方が人生は充実すると考えるからだと思います。
ただし現実的な感覚としては「中卒では就職できない」「一定の給与水準の仕事に就けない」と考えている保護者さんが大半だと思います。言い換えると「高卒という学歴」⇒「就職ができる」⇒「人生が充実する」このような図式が頭の中にある保護者さんが多いのではないでしょうか。
実際に、保護者さんと不登校や高校転学の相談(カウンセリング)を担当していると「高卒じゃないと就職が……」とおっしゃる保護者さんがとても多いのです。ということは、「高卒の人は中卒の人よりも人生が充実する」と思っている人が多いということになります。
とても興味深い調査研究のデータを紹介します。
2018年に発表された「幸福感と自己決定―日本における実証研究」という研究で西村和雄先生(神戸大学/経済産業研究所)、八木匡先生(同志社大学)が共同で調査されたものです。インターネットでのアンケートで3万3,500人ほどの回答があり「人生が充実している」「あまり充実していない」という傾向がみられた約2万人の人たちを分類し、どういう項目で差があったかを調べたものです。
調べた項目は「健康」「学歴」「年収」「人間関係」「自己決定」の5項目です。結論は、
①健康であること
②人間関係で苦労しないこと
③自己決定
この3つが「人生充実組」と「残念組」とで差が大きかったとのことです。
ちなみに「自己決定」とは、「中学卒業からの進学」「高校卒業からの進学」「最初の就職」において、自分の希望で決めたか、周りからの勧めを優先して決めたかという問いに対して「自ら主体的に決めた」という回答傾向の人が多いということです。年収は4番目。ある程度の相関はあるものの、上位3つほどではなかったそうです。
そして注目は「学歴」です。中卒、高卒、専門学校卒、大卒、大学院卒、そして卒業した大学の入試難易度についても調べたところ、ほぼ差異がなかったそうです。(図1)
(図1)
この研究は私にとって、とても興味深く実際の感覚に近いものでした。またこんな風に科学的にデータを示されると衝撃的でもありました。
なお、本研究は相関関係を示したものです。従って「人間関係が良好であれば幸せである」または「幸せな人は人間関係が良好である」と言い切れるということではありません。しかし「周りに勧められて決めると、ちょっとうまくいかないと感じたら周りのせいにしてしまい気持ちが後ろ向きになる」、もしくは「自分で納得して進路を決めたから、ちょっとうまく行かないときになんとかしようと意識が向く」となるだろうと推測できます。
このことから言えることは、例えば大学受験についてなら「どの大学に進学するか」よりも「どうやって進路を決めたのか」の方が大切だということではないでしょうか。
近年の日本の全日制高校進学率は約94%、定時・通信を含めると高校進学率は約98%です。義務教育ではないのですが大半の中学生は「高校」を進路として選びます。
中学で不登校となった人、起立性調節障害(OD)や過敏性腸症候群(IBS)などの症状で苦しんでいる人は、毎日通うことが困難なため通信制高校を選ぶケースが多いものです。もちろん一般論として中卒よりも高卒の方が、就職先の選択肢が増えます。
高卒資格をもらうために通信制高校に進学する選択肢もあるでしょう。しかし将来に渡る長い目で「本人の人生の充実」を考慮する場合、学校という場はそれ以外の部分が求められるべきだと考えています。例えば私の学校では以下のスキルを身につけてもらうことを方針とし、そのためのカリキュラムと面談を設けています。
②人間関係⇒上手に断ったりうまく距離をおくなどのスキル
③自己決定⇒いろんな情報の中から自分に必要なものを選択するリテラシー(図2)
(図2)
今までの学校では「知識・技能」が重要視されてきました。普通科高校では大学受験の学力、職業科の高校では例えば簿記などの商業実務等です。
文科省が「生きる力」のためには「学力の3要素が大切」と言っています。「知識・技能」以外の2つが「思考力/問題解決力」「自主的に学ぶ意欲(または人間力)(または協働)」などとわかりづらいと思うのですが、いずれにせよ「社会で生きていく力」(=非認知能力)のことを言っているのは間違いないでしょう。
「大失敗」となった「高大接続入試改革」では、知識・技能の学力以外にe-ポートフォリオなるものをつくって、ボランティア活動、生徒会活動、クラブ活動の履歴を記録に残してそれを入試選考に使用すれば、学習以外の活動に熱心になり非認知能力の養成に意識が行く、と考えたのだと私は理解しています。しかし「非認知能力」とは文字通り、数字や偏差値で表すことのできない協調性、積極性、リーダーシップなどであり、そんなことを入試選考の要素に組み込むこと自体が矛盾です。まず全国共通テストをやめて、各大学に委ねるべきだと私は思っています。
話を本題に戻すと、私は学校の役割をこう考えています。個々の生徒さんが「元気な状態を維持し、できることを増やしてあげること」です。
●学習がはかどらない人がはかどるようになること。
●朝起きられない人が起きられるようになること。
●自分で決められない人が決められるようになること。
●人と話すのを避けたい人が、話せるようになること。
などが必要なことだと思います。もちろんそうなることが、人生を豊かで充実させることに直結します。
昨年の中学卒業生の進路選択は次の様になります。(表1)
(表1)
○全日制高校=91.6%
○定時制高校=1.9%
○通信制高校=3.9%
8年前の通信制高校への進学率は1.8%でしたから、2倍以上に増えています。
私は、全国展開される私立の通信制高校が増加していることが大きな要因だと考えています。もちろん社会(中学生)のニーズがあり、それに対応しているから増加しているといえます。
では、通信制高校を進学先に選ぶ人はどんな人なのでしょうか。私は大きく以下の3パターンがあると認識しています。
A:元気に活動できる人
芸能活動やプロスポーツ選手などを目指し、学校以外にメインの活動がある場合。
B:自由に行動したい人
課題や行事参加の強制など中学で押し付けられることにうんざりした人。
C:心身の調子を崩した人
外出にストレスを感じる、人と会うのがしんどい、起立性調節障害などで全日制高校に通うことが困難な人。
※教育においては一人ひとりに個々の事情があり「分類」してしまうことは望ましくありません。しかし本論は教育実践者向けに教育システムの考え方を述べるため、便宜上の分類であることをお断りします。
このうち、Aの人は「本人にお任せ」でいいと思います。自分の目指す道をプロの指導を受けて活躍されることと思います。
Bに関しては、発達障碍の自閉スペクトラム症(ASD)の傾向の人、及びAD/HD傾向の人にこういうことがよくあります。これらの生徒さんに対しては高い専門性、対応経験、スキルのある担当者を準備する必要があると思います。
Cタイプが最も数が多いのではないでしょうか。ボリュームゾーンでもあり、一般論ではなく個別の事情に合わせた対応が必要になる生徒さんたちです。
通信制高校には3.9%の中学生が進学します。さらに高1、高2の在学途中で全日制から通信制に転学する人も年間2%超はいるので、最終的に9%ほどの人が通信制高校在籍になっています。
ここで私が提起したいことは「学校に通えないから通信制高校」「通えないから大学も通信で」としてしまうと、その先の人生は充実するのか、ということなのです。
全日制から転学されるのは、Aタイプではなく、BまたはCだと思われます。元気が出てきたら毎日通学できる、余裕が出てきたら受験勉強も始める、などの本人の変化に合わせて融通を聞かせてあげることが必要であり、求められることだと考えます。
多くの私立通信制高校では「サポート校」を併設し、そちらで様々な対応をされています。また高等専修学校と提携して「技能連携校」とし、社会で生きていくスキルをそちらで身につける学校も少なくありません。
私が2020年4月に高等専修学校を併設したのも、通信制高校と予備校だけでは、社会で生きる力を身につけていただくには十分でないと感じたからです。特に全日制高校から転学してきた生徒さんは、さまざまなストレスを抱えて困っている人がほとんどです。一般論ではなく一人ひとりに状況を把握して個人別の対応が求められます。(図3)
(図3)
本校では、入学前にこのような事情をお聞きした上で、どんなカリキュラムでスタートするかを本人と相談しながら決めていきます。
通信制高校だけだと、どうしても「高卒資格取得」がメインとなってしまい、その先の人生につなげる対応に限界があります。
通信制高校は、制約の多い全日制高校に対して個別の配慮が必要な生徒への対応を担うという、とても大切な役割があり、増加は歓迎すべきことだと思います。数多く設置された私立の通信制高校には、単なる高卒資格の機能だけではなく、個々の生徒さんの事情に配慮した対応ができる職員の養成と、仕組みづくりが求められると考えています。
理事長・校長 喜多 徹人 氏
1960年滋賀県生まれ。京都大学・法学部卒。大手銀行に6年勤務の後、31歳で教育業界に転職。神戸セミナーの経営再建を依頼され立て直しに成功する。著書に『あなたの子どもはなぜ勉強しないのか』(学びリンク)など。
■学校法人神戸セミナー https://www.kobeseminar.ac.jp/
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