特別寄稿『留学の未来 学ぶ留学から創る留学へ』
株式会社イーグッド 代表取締役 榎本 晋作
現在は、未来人材教育実践家と名乗り、テクノロジーや未来社会をテーマにした育成活動に従事する私ですが、元々の主戦場は留学で、今でも多くの生徒や学生の留学相談を行っております。
何百という留学希望者の相談や、留学経験者のインタビューを行っていて、強く疑問に思っていたことがあります。それは「行って満足」という留学が非常に多かったことです。
誤解がないように少し補足させていただくと、決して、彼・彼女らが「意味のない留学」をしているというわけではありません。海外では、言語や制度・文化の違いで、日本では当たり前だったことができなくなるわけですから、そこで生活すること自体は、とても意義があり尊いことだと思います。外務省がまとめた2020年の「旅券統計」によるとパスポート所持率が21.8%という日本社会の中での決断ですので、それは尚更です。
話を戻すと、ここで私が問いかけたいのは、「語学力以外の要素で、どこか留学の教育的効果が曖昧になってしまっているのではないか?」ということです。
その大きな原因の一つとして、私は留学の「目的設計」にあるのではないかと考えます。例えば、「海外に行き、英語力アップと異文化体験すること」を目的の軸としてしまうと、多くの留学生が陥ってしまいがちなのは、語学学校の友人とのみ仲良くなり、現地の人や現地社会とのつながりがなかなか持てなく、目の前の楽しさに流されてしまうケースです。
もちろん、これが悪いというわけではないのですが、せっかくお金と時間をかけていく留学なのですから、本人にとってより有意義、かつ学習効果の高い時間にしてもらいたいと個人的には思います。
イノベーティブな教育へ
留学の教育的な意味を捉え直すために、改めてここで「未来人材の教育」について私の考えを紹介させてください。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、未来に求められる能力の話をするスキル指標として、ATC21sが提唱している「21世紀型スキル」というものがあります。この21世紀スキルは4種類10個で構成され、文科省も「21世紀型能力」という言葉で、未来の能力の定義を行っております。
この4種類の「21世紀型スキル」の中に「世界の中で生きる方法」の分野があります。通常、海外留学はこの分野に分類される事が多いようです。ですが、私はその分野にある「思考の方法」の1つ目のスキルとして紹介されている「創造力とイノベーション」、この能力を育むのに留学はとても有意義な機会ではないかと考えています。
その理由として、海外と異文化・未知の空間は自らがこれまで「正しい」「良い」「常識」と思っていたものが通じないことが多く、また、そのことが帰国後も、創造とイノベーションの源泉である「物事を疑ってみる『問いの創出』につながる」からです。
では、「創造的でイノベーティブな留学とは、どのようなものか?」。この問いに対し、私は鍵となるのが「留学のプロジェクト化」にあるのではないかと感じています。
つまり、これまでは用意されている留学プログラムに申し込むものだった留学を、留学前から個人がプロジェクトを創り、留学後にしっかりと振り返りを行うというものです。今、話題のPBLの留学版と言ってもいいかもしれません。
例えば、私が過去にイギリスで留学エージェント業を行っていた際に「アクティブな留学を発信したい」と相談してきた子がいました。志は素敵だったのですが、当時の彼女のITスキルは、個人のパソコンを持っていないどころか、スマホのグーグルマップすらまともに使えないような状態でした。
また、留学出発まではわずか2ヵ月しかなく、現地での滞在期間も6週間に限られています。しかし、このような無謀とも言える逆境の中、私は自分の持っているスキルをフルに動員し、彼女をフルサポートすることを決めました。
その結果、彼女は留学前にアクティブな留学を発信する企画づくりとコードを必要としないウェブサイトの構築方法を習得し、メディアの立ち上げを行いました。また、現地でも、事前にアポを取っていた日本人の紹介で、現地の起業家が集まるオフィスでの取材や現地の人と交流できるイベント用のポータルサイトなどを駆使し、自ら体験したアクティブな留学の発信をしてきました。
情報発信は帰国後も続き、現在では企画力と情報発信を軸に、旅の会社と広報フリーランサーのダブルキャリアを歩むインフルエンサーになっています。
このように書くと、彼女の留学は順風満帆であったように思われそうですが、帰国前の振り返りを行っていた際に、「やはり思ったよりも現地社会に入れずに悔しかった」という発言がありました。通常、短期留学だと美談のような話が多いのですが、事前の目的設計や企画づくりをしっかりと行っていたおかげで、何がうまくいって、何がうまくいかなかったかをしっかりと振り返りできたように感じています。
おすすめな最新テクノロジー
いわゆるPBL(プロジェクトベースドラーニング)のような話になりましたが、ここからは私の得意領域であるテクノロジーや未来の話をさせてください。このような海外留学における主体的な企画を創る際に、ぜひ最大活用していただきたいのが、ITツールです。
例えば、ファッションやダンスなどのような専門分野の現地情報を仕入れようと思ったら、言葉の壁にぶつかるかもしれません。そのような時に役立つのがAI翻訳サービスの「DeepL」です。AI技術を使った翻訳サービスのおかげで、格段に早く正確な情報を得ることができます。
また、私が出張時などに使うのが、「ロコタビ」という現地の日本人に相談できるサービスです。日本人ならではの心配もあると思いますので、オンラインで一度相談に乗ってもらう事は、保護者の皆さんにも安全性を考えると大切なプロセスかもしれません。
また、新たな注目としてVR留学のようなものも最近では出てきました。現地のリアル社会での積極的な活動にこそ留学の価値があると思うので、ぜひ現地には行ってほしいのですが、今後、事前の情報収集などにもかなり有効な手段になってくると思います。そして、現地での活動にはどうしても短期間だと英語力の壁が出てくるので、タイムケトルのようなリアルタイム自動翻訳サービスを使いこなせるかどうかは、かなり差がつくポイントになりえるかと思います。
これに加え、ANAホールディングスが立ち上げたAvatarin社が提供する遠隔ロボット旅行体験サービスも注目です。現在のメインは国内旅行ですが、今後は海外にも広がり、世界に遠隔ロボット操作で行けるようになると思いますので、英語を学ぶだけであれば遠隔ロボット留学の方がスタンダードになるかもしれません。
そして、このようなプロジェクト型の留学において欠かせないのが、サポートする側の教育者や保護者の協力です。中高生の段階では、1人で留学の企画をつくったり、情報収集、そして帰国後の振り返りなどはなかなか簡単なものではありません。主体的で創造的な海外留学体験をしてもらうためにも、このようなITツールは留学生に限らず、ぜひサポートする側の保護者や教育者側も積極的に使っていただき、ぜひ、お子さんの留学に主体的なサポートを行なっていただけると嬉しいです。
代表取締役 榎本 晋作 氏
株式会社イーグッド代表取締役/明星大学経営学部非常勤講師。「未来社会と接続した創造的な人材を育成する」をミッションに、教育プログラム「未来接続論」を若手ビジネスパーソンや大学生、中高生に提供中。近年は愛媛県庁や栃木県庁など行政のデジタル人材育成にも従事。
■未来社会戦略ファシリテーター榎本晋作公式サイト https://shinsakuenomoto.jp/
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