コロナ禍で再認識したつながりの尊さ
実力進学校としても注目される伝統校
大谷中学校・高等学校(京都)
中学校の「バタビアシステム」はクラス担任が教室の後ろで授業を見守る
今年、創立146年目を迎える大谷中学校・高等学校は、学校法人真宗大谷学園が運営する京都の伝統校だ。親鸞聖人を宗祖とする浄土真宗の教えに基づき、自分と向き合う強さ、他者を思いやる心を育ててきた。また国公立大、難関私大の合格実績を伸ばし続ける進学校としても知られ、毎年多くの志願者を集める人気校だ。創設3年目を迎えた国際教育クラス「バタビアコース・グローバルクラス」の現在や、入学希望者が増えている中学校での学び、またコロナ禍の困難をいかに乗り越えたかを副校長の梅垣道行先生に聞いた。
教育環境のリニューアルを進め
バタビアシステムで生徒を見守る
キャンパスは京都市東山区の静かな町の中。校庭からサッカー部が練習するかけ声が聞こえてくる。メイングラウンドは昨年、完成したばかりの緑あざやかな人工芝製だ。昨年はこのほかにも新講堂「樹心閣」、新体育館「智身館アリーナ」が竣工。郊外の亀岡市にナイター設備のある野球グラウンドも開場した。
多くのことが停滞しがちなコロナ禍にあっても大がかりなリニューアルを進めてきたことは生徒の励みになっているようだ。「真新しいグラウンドでプレーしているとサッカー部もホッケー部も上手くなったように見えるんです (笑)」と副校長の梅垣道行先生は言う。
野球部はこれまで他のクラブと交代でグラウンドを使っていたが、亀岡市の専用グラウンドで練習できるようになり、実際に守備力が向上したという。
「交代で練習していた頃はグラウンドの状態が良くなくてイレギュラーにバウンドすることがありましたが、今は安心してボールに向かっていけるからでしょうね。ホームグラウンドを大事にしようという気持ちが高まって熱心に整備するようになりました」(梅垣副校長)
梅垣副校長は大谷中学校・高等学校のOBで母校の教師になった。現在も中学の数学の授業を受け持ち、入試広報センター長を兼務している。自由闊達な校風をよく知る大谷人の一人だ。「今でこそ教師と生徒の距離が近いことをよしとする風潮になりましたが、本校はそのはしりだと思います。私自身、大谷中学校に入学したら先生が親しく接してくださることに驚きました」と振り返る。
高校時代にはクラスの仲間と画策し、地元テレビの中継コーナーに映り込んで目立とうとしたことがあったが、叱られることはなく「見てたぞ」とむしろ先生たちがおもしろがってくれた。生徒を信頼し、少々はみ出しても挑戦することを容認してくれる気風があったのだ。
そんな学園風土の礎は1960年から導入している「バタビアシステム」だ。1880年代にアメリカ・ニューヨーク州バタビア市で始まった授業のスタイルで、授業中の教室に2人の教師がいるのが特長。教壇には教科担当、教室の後ろではクラス担任が学習につまずいている生徒がいないか見守る。常に生徒に寄り添うことが生徒の不安や悩みを見逃さないことにもつながり、生徒は安心して過ごせる。この先進的なシステムを日本で初めて取り入れたのが同校で、今も中学校で受け継がれている。
今年3月、京都府亀岡市に完成した亀岡野球グラウンド
3年目を迎えた高校グローバルクラス
バタビア・インテグラルの合格実績は堅調
高校には4つのコース・クラスがある。難関国公立大を目指す「バタビアコース・マスタークラス」、難関私大を目標とする「バタビアコース・コアクラス」、クラブ活動と進学の両立を目指す「インテグラルコース」。そして国際教育に特化したクラスとして新設した「バタビアコース・グローバルクラス」が3年目を迎え、今年度、第1期生が卒業する。
グローバルクラス設立のねらいは世界で活躍できる基礎を築くこと。単なる英語強化クラスではなく、広い視野を持ち、異文化理解を深めるカリキュラムを実践してきた。「英語が話せるだけでなく、英語で伝えたいことを持つ人になってほしい。それを持てれば語彙の幅が広がり会話力も高まるはずです」と梅垣副校長は言う。
そのためにはまず日本をよく知り、発信できるようにと日本文化を理解する体験学習に力を入れている。祇園祭のなりたちや浴衣の着付けを学び、英語でプレゼンテーションするなど教材は身近なところに数多くある。高1、高2でのアメリカ留学は新型コロナ流行のため休止しているが、模擬国連や国際関係ゼミでは世界の課題について、時には他国の視点で考え、英語でディスカッションしている。
昨年度、コロナ禍がおさまらない中で挑んだ大学入試は、マスタークラスからは京都大学、神戸大学、福井大学医学部医学科に計4名合格したのをはじめ、コアクラス、インテグラルコースからも国公立大学、関関同立、関東の難関私大、私大薬学系に多くが合格した。
「感染の不安があり、遠方の難関大学を敬遠する傾向があったものの関西圏の合格は伸ばすことができました。もっと上を狙えると応援したい生徒もいましたが、本校の自慢は合格実績を伸ばすための進路指導はしないこと。本人が学びたいもの、行きたい大学を見つけさせるのが大谷らしさです」
グローバルクラスの「日本文化を学ぶ」授業
増える中学受験の志願者数
中高一貫6年の学びと成長
大谷高等学校の堅実な進路指導と合格実績も大きな要因となり、近年の高校入試は受験者数3000人超えが続いている。高校の人気に伴い、中高6年間を大谷で学びたいという中学受験の志願者も増加中だ。中学には2クラスがあり、国公立大学進学を目指す「バタビアコース・マスターJrクラス」と難関私大をねらう「バタビアコース・コアJrクラス」で早くから目的意識を持って学ぶ。
中学校、高校の共通の学校理念「樹心」は、「心を弘誓の仏地に樹て」という親鸞聖人の言葉から引いたもの。「一人ひとりが大きないのちの働きかけによってこの世に生をうけ、生かされているという基盤に立って、自他のために精一杯生き切る人になろう」という呼びかけだ。近年はこれを現代風に読み替えた「TO BE HUMAN=人となる」を教育目標に掲げている。
その一例として梅垣副校長は「中学校で最初に教わるのは、あいさつは相手の存在を認めること、ということです」と挙げる。礼儀作法としてするのではない。好きだからする、嫌いだからしない、でもない。自分以外の存在を認め合い、つながりを持つことで世界は広がり、深まっていくという教えだ。
また「樹心」にちなみ、中学高校の6年間を植物の生長に喩えて、安定した根を張る根帶期(中1・中2)、幹をたくましくする幹練期(中3・高1・高2)、実りをつける結実期(高3)と名付けた。
根帶期と幹練期にあたる中学3年間の学びには新しいメソッドや教材を積極的に取り入れている。中学英語に導入した「5ROUND」は教科書の全過程を年間5回、繰り返し学習する。リスニングやテキストの内容を自分の言葉で説明するなどの実践的な学習を繰り返し、英語4技能の中でも話す、書く力を育てる。これはトップダウンでの導入ではなく現場の教師から「生徒たちに取り組ませたい」と声が上がったところが、教師が生徒をよく見守ってきた大谷らしさだ。
同じく教師が提案した探究学習教材「エナジード」は映像を取り入れたICT教材で、例えば近い将来、起きそうな社会問題についての対策を問いかける。それぞれの意見を発表したりディスカッションを重ね、正解のない問いに取り組むことで生徒の思考力や主体性を育てるもので中学3年間で30時間、学習する。
また数学教師である梅垣副校長は、中学校の授業で大学入試問題を解かせてみることがある。「最初は『無理!』と言っていても誰かが解法の糸口を見つけ、相談しながら答案を完成させます。そうやって上智大、東京大の入試問題を解いた生徒もいますよ」
こうしたユニークなカリキュラムで学習し、クラブ活動や学校行事を楽しんだ大谷中学校の生徒たちが高校編入生たちと出会い、刺激を与え合いながら友情を深めていくのだ。
(左)飯山 等 校長(右)梅垣 道行 副校長
「だったらどうする?」の精神で
コロナ禍の困難を乗り越える
昨年来の新型コロナウイルス感染症の流行は学校運営に大きな影響を与えた。休校、学校行事の中止、クラブ活動の大会やコンクールも開催されなかった。そんな中でも同校では「できない」で済ませてしまわず「だったらどうする?」を常に模索してきた。
一日も早い学校再開のために近隣の学校と話し合い、通学の交通機関が密にならないよう各校が授業開始時間をずらした。修学旅行は中止にしたものの、学園祭や演劇コンクールは換気設備のある新体育館「智身館」で開催した。
また、休校期間中はオンライン授業を実施したが、学校再開後もさらにICT環境の整備を進め、全教室にプロジェクターと電子黒板を設置。今年度中に10ギガWi-Fiを導入する。これらのツールを日々の授業に活用するのはもちろん、感染したり濃厚接触者になったりして登校できない生徒の学習やメンタルを、オンラインを通じてフォローしている。
梅垣副校長は「ICT化は以前から予定していたことですが、コロナ休校を体験した危機感から一気に加速しました。コロナに功罪があるとしたら功ですね」と前向きに捉えている。
生徒たちもコロナ禍に見舞われたからこそ気づいたことがあるようだ。軽音楽部は試合ができない体育系クラブの選手たちを励まそうとオリジナル曲のミュージックビデオを制作し、YouTubeで視聴できるようにした。また、登校できない生徒に授業を配信し、労わりの気持ちを共有している。
「学校に行けない、集まれない経験をしたことで、改めて私たちはつながり合って生きているのだと感じました。このピンチを生徒たちが人間の幅を広げるチャンスにしてほしいと思います」
同校には毎年ではないが学習や学校生活に補助が必要なハンディキャップを持つ生徒が入学することがある。校舎は完全バリアフリーではないし専門の教師はいないが、やはり「だったらどうする?」をキーワードに学びやすい配慮をしている。さまざまな目標や個性を持つ生徒が集まるのが大谷らしさだからだ。
「つながりの中で人は育ちます。だから色々なタイプの子がいてほしいし、誰もが『学校が楽しい』と思ってほしい」というのが梅垣副校長の願いだ。今、求められている多様性や国際性、共感や労わりを備え、やがて来るポストコロナの時代に活躍できる人材が育っている。
大谷中学校・高等学校 http://www.otani.ed.jp