実感をもって学びと社会がつながる!
生徒の学びをエンパワーメントする
開かれたアートの拠点「ArtLab」
玉川学園
多摩丘陵の森を切り拓いて創立された玉川学園の広大なキャンパスには、現在、幼稚部から大学院まで約1万人が通う。その片隅に佇む芸術専門校舎「アートセンター」の一室で生まれた「Art Lab」が、今、ホットな学びを生み出す起爆剤となっている。アートは本来、社会に開かれ、社会とつながっている。そこに「労作」という玉川学園独自の教育方針と、豊かな自然環境が結びついたとき、学びは生き生きと脈打ち始めた。「Art Lab」の仕掛け人である美術科の瀬底先生に、その活動のきっかけや意義、展望をお聞きした。
玉川学園独自の「労作」が
美術科の学びを強力に駆動する
「美術はただテクニックを磨き、美しいものをつくる教科なのではありません」と、美術科の瀬底正宣先生は思いを込める。この瀬底先生こそ、「Art Lab」の仕掛け人だ。
「2007年、海外の大学への出願資格を得ることができるIB(国際バカロレア)クラスの設置がきっかけで、私の中で美術の存在意義が大きく変わりました。IBでは、主要6教科のうちの1教科がアートですから」
ものをつくるためには物理的、数学的な思考をしたり、社会的な背景を理解したりすることが欠かせない。それらを相手や社会に伝わるように表現する能力も養われる。美術はあらゆる教科の「ハブ」ともいえる。
2019年4月、教科横断的なSTEAM教育の機運にも後押しされ、芸術専門校舎「アートセンター」の一室で「Art Lab」は産声を上げた。
「アートセンターは、6年生から12年生(高3生)まで幅広い生徒に使われます。『Art Lab』も、誰でも気軽に楽しく使える工房にしたいと思い、ペンキで室内を塗るなどしてワクワクする空間に仕立てました。活動内容も整備し、『労作』を行う部活的な活動をメインとしました。部活に習い事にと忙しい今の生徒たちは、目的があいまいな場所にわざわざ来ませんから」
「労作」とは「労働創作」の略語で、「人のために何かを創り出す」こと。
何をつくるかを決めるのは、思いのほか難しい。だからこそ、誰かが必要とするものをつくる「労作」は、制作を継続・促進する重要な手立てにもなっているという。
「労作」にあたっては、デジタルファブリケーションの“三種の神器”が大いに役立っている。板の切断や刻印ができる「レーザー加工機」、分厚い木材も加工可能な「ShopBot」、樹脂で立体物を造形する「3Dプリンタ」。生徒は、自らデジタルで描き起こした設計図をもとに、これらの機器を用いて生き生きと制作を進めていく。
「設計図を簡単に修正できるデジタルは、トライ&エラーがしやすい。一方、手仕事には味や個性が出やすい。それぞれのよいところを活かしていけたら」と、瀬底先生は語る。
環境省のアワードを受賞!
アートから始まった環境活動
「Art Lab」は、「労作」から始まっていった側面もある。あるときのこと、学内の古い桜の木が寿命で折れ、敷地沿いの小田急線の線路に落ちてしまった。そこで、大きくなりすぎた木などを間伐したという。
「切った木でテープカッターを『労作』し、レーザー加工機でオリジナルのロゴを刻印したところ、ぐっと完成度の高いプロダクトになったのです。これはいける! と手ごたえを感じました」
そこから瀬底先生は、この玉川の間伐材を使った「労作」を「Tama Treeプロジェクト」と呼ぶようになった。「Art Lab」立ち上げの前年、2018年度のことだ。
「木を切ったらかわいそう、という価値観はありますよね。しかし新しい木が生える土壌をつくらないと、山はいつか荒れ果ててしまいます。そこで、『君たちが大人になった時、森が死んでしまっていたら大変だよね。いっしょに考えよう』と問いかけ、その活動が『Art Lab』としてなじんでいった経緯があります。まだ大人にも最適解は見えない状況ですが、『Art Lab』の活動を通じて環境問題について考え、森を好きになってもらえたらうれしいです」
この「Art Lab」の環境活動は、2022年度に学園全体を巻き込んだ「Tamagawa Mokurin Project」へとつながっていった。「多彩な分野の研究者も巻き込み、木を使う意味やよさなどを多面的に伝えています。どうやったら森を守っていけるかということは、日本全体の課題ですから」
そして昨年度、木への理解を深める取り組みが評価され、環境省の第11回グッドライフアワードで実行委員会特別賞「子どもエンパワーメント賞」を見事受賞した。
「労作」×「環境」で
社会とつながる「Art Lab」
こうして「Art Lab」は「労作」と「環境」を大きな二本柱として、活動を活発化していった。「コロナ禍には学内から依頼を受けて木とアクリル板でパーテーションをつくったり、学外でも、教育提携をしているFC町田ゼルビアのクラブハウス完成に合わせて間伐材で時計を制作したりしました。実際に使われている様子を見て、生徒も感無量のようでした」
これらのかけがえのない経験によって、つくること自体が学びになるだけでなく、学びがしっかり役に立っているという実感が得られる。学びは、こうして社会と接続されていく。
今年6月には、横浜開港祭へ出店もした。「学外でプロダクトを販売してお金を得るのは今回が初めて。それが自分たちの活動資金にもなっていく。お金を通じて、社会とのつながりが一層実感できるとよいですね」と、瀬底先生は展望する。
教科間のみならず、学びと社会を結びつける「ハブ」となりうるアートの力が、そこには確かにあった。
取材後、学内を案内していただいた。デザイン性あふれるベンチなど、「Art Lab」のロゴマークが刻印された制作物がいくつも目を引く。
「『Art Lab』は、私がやりたくてやったんです」と、瀬底先生はいたずらっぽく笑う。先生自身が楽しんでワクワクしている。だから生徒もワクワクする。
AIには決して代替できないこうした思いや感情こそが、これからの社会を想像し、創造する人間の原動力だ。
過去の記事もご覧になれます